なぜ音声DAISYは1枚のCDに何時間も録音できるのに、音楽CDは74分~80分程度しか録音できないのか
コンピュータに関する技術的な話題が大好きな私が、技術的な話題が苦手な人たちに向けて、それなりに専門的なテーマについて解説してみようという試み。 どこまでわかりやすく書くことができるだろうか。
はじめに
私のような視覚障害者が本を読む手段として、「DAISY図書」というものがある。 詳しくは日本障害者リハビリテーション協会のページに記載があるが、紙の本を読むことができない人のために、内容を朗読したものを録音して編集したのがDAISY図書である。 非常に充実したナビゲーションの仕組みを持っていて、章・節単位で聞きたいところに移動したり、ページ単位で移動したりといったことができる。
このDAISY図書は、最近ではインターネットを通じてダウンロードしたり、SDカードに保存したりして利用することも多いのだが、もっとも一般的なメディアはCDだろう。 全国各地の点字図書館では、DAISY図書を収録したCDや、それらを再生するためのプレーヤーの貸し出しが行われている。
音楽CDとDAISY CDの違い
前述したように、DAISYはただ最初から通して再生するだけでなく、聞きたいところにジャンプするための仕組みが備わっているのが大きな特徴である。 音楽CDでは、トラックごとのジャンプはできても、もっと細かい単位で聞きたいところに移動するのは難しい。 その点、DAISYならばページや見出しなどの細かい構造が定義されているので、必要に応じて聞きたいところを聞くことができる。
また、1枚のCDに収録できる時間が長いのも特徴である。 一般的に、DAISYの録音には「MP3」という音声ファイルが使われる。 MP3というのは、人間には聞こえない音域をカットするなどして、音声を圧縮する(データのサイズを小さくする)仕組みである。 DAISYにこの形式が使われることにより、長時間の録音が可能になるというわけだ。
書籍1冊をDAISY図書にすると、短いものでも数時間程度の長さになる。 10時間前後の図書も一般的だ。 もっと長い、20時間、30時間というDAISY図書も存在する。 DAISYの場合、1冊の書籍が複数枚になることはほとんどなく、何時間にもわたるデータが1枚のCDに収録されている。
DAISYの音源を音楽CDに入れてみる
前述したように、DAISYを聞くためには専用のプレーヤーが必要になる。 しかし、ただ全体を通して再生するだけならば、高価な専用機を購入せずに再生したくなるかもしれない。 ということで、パソコンに空のCDを挿入して、DAISY図書の中に入っているMP3ファイルから音楽CDを作ってみよう。
実際に試すとわかるのだが、これを行うためには大量のCDが必要になる。 もしかすると、空のCDが10枚あっても足りないかもしれない。 なぜ、1枚のCDに入っていたものが、音楽CDにした途端に何枚ものCDになってしまったのだろうか。
「音楽CD」について改めて考えてみる
実は、音楽CDには「どのような形式で音声を記録するか」という決まりが存在する。 具体的な内容は省略するが、データの形式や音質が決まっているのである。 その決まりに従ってデータを記録すると、一般的なCDには74分録音できる。 また、もう少し容量の大きなCDもあり、そちらを使うと80分録音できる。
さて、ここで前述のMP3ファイルのお話である。 先ほど、MP3について「人間には聞こえない音域をカットするなどして、音声を圧縮する(データのサイズを小さくする)仕組み」だと説明した。 言い換えると、音質を悪くしたデータなのである。
これをそのまま使った場合、音楽CDとして決められた音質とは合致しないので、直接MP3を音楽CDにすることはできない。 そこで、音楽CDの形式に合致したデータになるよう、変換が行われる。 MP3の音源にダミーのデータを入れて、無理矢理データのサイズを大きくしているようなイメージを持っていただければ良いだろう。 「無駄なことをしているな」と感じられるかもしれないが、元のデータがMP3である以上、そうする以外に方法がないのである。
結論:なぜ音声DAISYは1枚のCDに何時間も録音できるのに、音楽CDは74分~80分程度しか録音できないのか
音声DAISYを収録したCDは、音楽CDではなくデータCDである。 データCDには、パソコンで読み書きできるデータならば何でも保存できるし、1度保存したデータを、そのままの形で読み込むことができる。 そのため、サイズの小さなMP3形式の音源を保存すれば、そのままMP3ファイルとして扱うことができる。
一方、音楽CDにはデータ形式の決まりがあり、その決まりに従った音声しか収録できない。 MP3ファイルを書き込もうとすると、CDの規格に合致した大きなファイルに変換されてしまう。 そのため、この大きなファイルをCDに書き込む場合の限界(74分~80分)を超えることができないのである。
これが、DAISY CDと音楽CDとで収録可能な時間が違う理由である。
終わりに
「1枚のCDに入っていたDAISYが、音楽CDにすると6枚になってしまった。同じCDでも、なぜこんな違いが出てくるのか」。
数日前にある人と交わしたこんな会話が、この記事を書くきっかけになった。 そのときは口頭で説明しようとしたのだが、何をどう説明すれば良いかがわからず、曖昧にしてしまった。 しかし、そのことをいろいろと考えているうちに、文章としてまとめておけば何かの役に立つかもしれないと思い、この記事を書いてみることにした。 これが完璧な説明だとは思っていないが、疑問を解消するきっかけになれば幸いである。